靴を紹介するときのラインナップはすべてヴィブラム。 いつでも帰って来させてくれる安心があります。
小林さんが靴を紹介するとき、いつもこのラインナップだとおっしゃるのがハイスペックな山岳の靴と同じ山でも環境の違うところで履く靴という並び。すべての靴底(接地面)はヴィブラムが標準。解説付きで伺ってみました。
-- 今日、見せていただいている靴はどんなものなのでしょうか?本物ということはわかりますが、未知の世界です。
小林さんの中でずっと変わらない好きな靴のラインナップ。ソールはすべてヴィブラム。
小林さんの中でずっと変わらない好きな靴のラインナップ。ソールはすべてヴィブラム。
小林 これは(写真右から2番目のシューツリーが入っているもの)「マウンテンリサーチ」で初めてつくってもらった「ピトン」という日本の靴のメーカーのものです。家内制手工業の登山靴です。革はスイスのガルサーで踵の部分に赤が入っている、登山系の靴ではよく使うヴィブラムの「モンターニャ」のブーツです。これは(右から4番目)ミュンヘンの「SCHUH BERTL(シューベルテル)」のもので、山生活をしている人の普段履きです。革は同じ厚みのガルサーで製法も同じノルウィージャン製法。硬い一枚の革をゆっくりと時間をかけて成形して作られているんだけど、一枚革、一重の仕立てでっていうシンプルな構造でありながら、岩などにぶつかっても足のプロテクションができる革の厚みはまさに極限の素材なのだと思います。その隣も同じつくりですね。現代に近づくにつれ少しずつイメージが柔らかくなってきますね。機能性が最重視されるミリタリーのスペックは登山靴とはちょっと違うけれど、スニーカーの時代になって柔らかく履きやすくなっているのは進化の特徴だと思います。
-- スニーカーの時代になって、登山靴の世界でも快適さを求めるようになったということでしょうか?
小林 ここにある(昔ながらの)山靴がオーバースペックだったとも言えますよね。伝統的な登山靴が生まれた頃は軽くて便利なナイロンのプロダクトがまだ少なくて、重たい綿のテントや綿のザックなんかを持ち歩かなきゃならなかったわけです。山に入るひとりの人間が担ぐ荷物の重さも相当なわけです。この手の靴の発祥である欧米の人たちの大きな体が乗ることを考れば、その当時、靴底を柔らかく快適にすることなんて考えらずらかったと思います。そもそもが今の時代が求める快適さとは全然違うところにある話だよね。その分、硬くて頑丈、そして一生ものだったっていう。履き心地が良くて柔らかいんだけど、5年しか持続しないし履けないというライフサイクルは、当時は考えられなかったのではないでしょうか?
ノルウィージャン製法でつくられた「ピトン」の登山靴。
ノルウィージャン製法でつくられた「ピトン」の登山靴。
-- 今こそ見直したいライフスタイルなのかもしれませんね。
小林 EVAとか新しい素材が出てきて、熱成形ができるようになってからは、造形が自由自在なわけだからデザインの作業が楽しくなってくるじゃない?例えわずか、1年、2年で消費されてしまうものであったとしても、それは快適だしデザインの楽しさや良さっていうアピールがあるわけで、短命でも世の中は納得してくれる。おのずと、一生持っていられるスペックは作らなくなりますよね。そんな時代になったのだな、と。
-- 靴の話にとどまらない時代感ですね。
小林 グリーンランドに石川直樹(写真家)くんと一緒に行ったときに靴の話をしたことがあるんだけど、ヒマラマでもどこであれ、ベースキャンプまでは自分はダナーライトで登っていくと言ってましたよ。彼に言わせると、いかに機能的に作られていてもさすがにスニーカー型じゃ無理だからやっぱりダナーのブーツだと。
-- 動きやすいからですよね。
小林 経験則でわかってるんだよね。幾度となく登っている人だから、足首の辛さを軽減するのにはブーツを選ぶにしても少しでも柔らかいものに、とかあるのでしょうね
-- ダナーからヴィブラムを知って、ブランドのように思っている人も多いと思います。
小林 標高5000メートルくらいまでならダナーライトで良いって、彼みたいな人物が言ってくれるのだから、ある意味、楽をさせてもらえるって思いますよ。足元をガチガチに固めていくその昔の話とは違いますものね。なんだかんだ、楽になるってとても大切な進化。
-- 万全も大切ですが、利便性も大切ですよね。
小林 そうですよね。どこに行くにも持ち物は迷うからパッキングがいつになっても終わらないんだけど(笑)、靴のソールに関してはなにひとつ迷う必要がない。黄色いマークに頼ればいいんだもの。地面との接地面に対しての全体的な責任を負ってるって、すごいものがありますよね。
-- 品質、ゴムの配合を日々研究していく中で進化があって、履いてくださるみなさんが今まで行けなかった場所に行けるとか、荷物がもうひとつ増やせるとか、思っていただけるということの積み重ねですね。
小林 (. . . . . Researchのスタッフに)うちらがアウトドアでソールを選ぶときの選択肢は?
スタッフ 確証が持てない怖さがつきまとうので、ヴィブラムになってしまいますね。
-- ということは一択なわけです?
スタッフ 一択にして安心したいですね。
小林 他に選びようがない(笑)。
-- だから「標準」というわけですね。
小林 昔ながらの製法でも、スニーカーっぽくなった最近のものでも、アウトドアの石とか土の接地面がある話になると一気にヴィブラムの話になってしまいますね。
-- 履き手としてのヴィブラムの印象はありますか?
小林 これでも一応、靴屋だからさ(笑)。(登山靴を見ながら)ソールの硬さがこれくらいなら、トレッドのには本来このくらいの深さがないと、砂利だったり、砕石の上を歩くには調子が悪いわけなんだけど…でも今だったらこのくらいの柔らかさ、快適さがあっても良いわけで、時代のニーズに合わせてゆくことは大切だと思います。ついつい履き手じゃなくて、作り手目線になってしまうね(苦笑)。ソールがどう接地面を噛むか、みたいなことをまず考えちゃう。
-- アッパーに関して言えば、新素材はたくさん出てきていますよね。防水性、対ショック、保温性などの素晴らしい機能性素材も増えています。
小林 みんなそれぞれに工夫していますよね。素材がデザインをつくるというのもあって、面白いですよね。靴に接ぎがあればあるほど防水面ではやばいと恐れながら靴を作ってた世界から、ゴアテックスを一枚入れただけで、接ぎが関係なくなるっていうふうに世界は変わったわけです。ここで登山靴のデザインが自由になったと思いますね。
-- ソールの進化で言えば、登山靴においてはカラルマート以外のデザインも増えています。
小林 重たいものを持たなければ、いろんなデザインが出てくる進化はとても快適で良いと思いますね。
-- 重たいもの?
小林 ヒールはつま先側より1cm以上高くなってるでしょう?この空間が橋みたいになっているわけです。この”橋”が荷重によって下がらないようにしなければならない。用途に応じて、シャンクという板を入れたりもします。体重と荷物で100kgを超えるとこの”橋”に荷重は一気にかかってくるわけで、このちょっとした造作(シャンク)が靴にかかる対荷重から足を守るわけです。ヴィブラムが出てくる前までは革底に鉄の鋲を打って困難をしのいでいたことを思えば、ラバーでできた一枚のソールでその全てを担うようになれたんだから、これがいかに革命的だったことか!
-- つま先が削れていますが、ソールを変えようと考えたことはありますか?
小林 つま先が削れているのは自分でまねき角のために削りました。これは自分好みに仕上げるべくのメンテ?カスタム?だけど、手懐ける努力が必要なこういった靴は自分好みに仕上げるべく自ら手を加え続けることが大事だと信じています。同時に、修理をして欲しい人たちの靴は、修理をしながら一生履き続けられるべきだとも思ってるんだけど、そういう社会の在り方も必要じゃないかな。思い入れの強い人の思い出だけは剥ぎ取って欲しくないよね?
写真ではわかりにくいかもしれないが、まねき角のためにつま先を削っている。
写真ではわかりにくいかもしれないが、まねき角のためにつま先を削っている。
-- この「ピトン」のタイプはなくならないわけですよね。そして、このタイプの登山靴はやはりカラルマートがほとんどですね。
小林 このタイプを買う人はヴィブラムのカラルマートじゃないと!新しいラグのパターンを欲していないでしょう!? それはヴィブラムが成し遂げた標準化という偉業で、結果揺るぎない山靴の顔になっているわけです。ちなみに、今回持ってきたこれらの靴は、大切な靴を紹介させてもらえるとき、ずっと変わらないラインナップなんですよ。
-- それはヴィブラムの話ではなくてもですか?
小林 そうですね、ヴィブラムしばりじゃなくても、この靴を選びます。このセレクトはぼくの靴のベストでもありますね。山に行ってもちゃんと自宅まで「帰って来させてくれる靴」っていうのでしょうか? 世界の登山靴界で普遍的な存在であったガルサーの革と共にね。軽いとか機能的とかモダンとかといった話を超越して、巡り巡って、自分はこの場所に立ち戻ってきちゃうんです。
取材が終わり、ふと天井を見上げるとたくさんのザックの光景がありました。
取材が終わり、ふと天井を見上げるとたくさんのザックの光景がありました。
小林節正(こばやし せつまさ). . . . . RESEARCH 代表
マウンテンリサーチを始めとするさまざまなリサーチ・プロジェクト(あるいは、プロジェクト型リサーチ)を展開する.. . . . . RESEARCH を2006年より主宰。
フリーランス・シューデザイナーとしての活動を経て、初となる自身のアパレルブランドGENERAL RESEARCHを1994年にスタート。その後、掘り下げるテーマに応じたいくつもの名義(つまり、ブランド名)を傘下に配する「. . . . . RESEARCH 」としてのプロジェクト型コレクション発表形態へ移行、現在に至る。代表的なプロジェクトは、山暮らしのMountain Research、カスタムバイクのRiding Equipment Researchなど。
Text by 北原 徹
Photo by 北原 徹