山景色の靴にヴィブラムは標準です。あって当たり前であり、他に類を見ないもの。
日本のファッションにおいて、日本独特のストリートとモードの融合をシューズのデザインの立場から支え、常に革新的なアプローチをしてきた小林節正さん。まずは小林さんとヴィブラムとの付き合いから伺ってみようと思います。
−− 小林さんがシューズデザイナーとして、靴をつくられるとき、ヴィブラムを部材として使うときはどのような感じだったのでしょうか?
小林節正さん(以下「小林」と略す) この(ファッションの)世界でやり始めた80年代、ぼくは靴屋だったのですが、当時のヴィブラムは山方面のプロフェッショナルな人しか使えない値段がついていましたね。適当なもので済ますことが許されない世界だから。その代わりトレッドパターンを真似した日本製のソールはたくさん出ていて、ほとんどの場合、ファッション畑のシューズデザイナー、あるいはシューズメーカーはコストや流通の都合でそういった模倣品を使うしか選択肢がなかったわけです。そのうち、ヴィブラムの価格も落ち着いてきて、おなじみの黄色のロゴも含めて、日本でもヴィブラムの訴求も進みました。ホンモノのヴィブラムをやっと使えるようになって、黄色いマークがついているほうがお客さんの納得も得やすいという状況になってきたのが、90年代になってからですかね。代替えを探すより、ヴィブラムの中から何か探したほうが良いという時代の到来です。マウンテンリサーチではある時期、長い歴史のある本格的な登山靴屋さんにマウンテンブーツの製作をお願いしていたことがあるのですが、その一連の作品ではヴィブラムの「モンターニャ」が、つくり手の”レシピ”のまま使われていました。ヴィブラムには山景色の標準というポジションが確率されていて、それがずっと続いているわけです。
-- それは標準であり、最高峰だったということですか?
小林 競争相手がないという感じ。ヴィブラムの立ち位置は特殊。靴の地面に接するところを標準化することに成功したわけだから。追うブランドが他にない、というのは本当にすごい!
-- 小林さんにとって、靴をデザインする上で、ヴィブラムというのは使いやすいものなのでしょうか?
小林 使いやすい使いづらいっていうこっち側の話以前に、山景色の靴は世界各国どこでも「ガルサー」というスイスの革を使って、ノルウィージャン製法でつくられていて、ソールはみんなヴィブラムを使っている、という「標準」があります。材料も同じだし、つくり方も一緒だけれど、ちょっとずつデザインが違うというくらいの差しかない。韓国でもオーストリアでもイタリアでも本当にどこでも同じで、つくり方に国境も何もない。ある標高から上を目指すシューズはボーダーレスなんだなっていう発見がマウンテンリサーチ以降の自分にはあったわけで、その世界観が面白かった!はなから、靴作りのストーリーが出来上がっちゃってたわけでしょう!?
※ノルウィージャン製法とはアッパーの端は内側ではなく外側に出し、アッパーとインソールの底部を中底とを水平にすくい縫いし、アッパーの端をミッドソールとアウトソールと一緒に出し縫いをする登山靴特有の製法。
※ノルウィージャン製法とはアッパーの端は内側ではなく外側に出し、アッパーとインソールの底部を中底とを水平にすくい縫いし、アッパーの端をミッドソールとアウトソールと一緒に出し縫いをする登山靴特有の製法。
-- 材料も製法もほとんど一緒ですが、いろんなブランドがあったということですね。登山靴の安全性を考えると疑う余地もなく、同じつくりになってしまうのでしょうね。ソールの変遷みたいことも感じられますか?
-- 材料も製法もほとんど一緒ですが、いろんなブランドがあったということですね。登山靴の安全性を考えると疑う余地もなく、同じつくりになってしまうのでしょうね。ソールの変遷みたいことも感じられますか?
小林 ぼくが仕事を始めたころにはスニーカーが、ちょうどファッションとして世に出始めていた時代。”板もの”を裁断して、そのまま靴に取り付けてしまっていたような頃から、ミッドソールを熱成形で造形ができるようになった変換があったときでもあったので、ヴィブラムのアウトソールがミッドソールと一体化された製品がいよいよ世の中に出てきている状況でした。
-- 小林さんが「マウンテンリサーチ」を始めたときはワークブーツではなく山岳から入ったわけですね。
小林 その実、一般的に思い起こされるであろう山岳の話とはちょっと違ってて…最初は山の裾野みたいなところで山暮らしをする人はどんな具合なのだろう?って。彼らの「暮らし」の姿を思い描いてみたのが発起点。玄関には登山靴が置いてあれば、岩登りの道具も並んでてっていう。自分たちには山岳の経験があったわけでもなかったし、まずはせめてもの近場である裾野のところから始めたのがマウンテンリサーチ。
-- 「マウンテンリサーチ」前は人気のブランドのシューズをつくられていたり、ご自身でもファッションとしての靴をつくられていたと思います。それが「マウンテンリサーチ」で本格派になったというか、ガラッと変わりました。何か心境の変化があったのですか?
小林 憧れていた世界だったんです。ぼくらはファッションの世界でプロのツール(=道具)を噛み砕いて、ファッションなりのプレゼンテーションとして仕上げたアウトプットをするわけなんだけど、それだとあくまでもプロのツール”ふう”にとどまってるわけじゃない!?「マウンテンリサーチ」って名乗って、ひとつのジャンルにフォーカスしてやる以上、道具の部分...手始めに靴は、その世界での最高峰、というところから始めたいと考えた。スニーカーの時代ではあったけど、本物の道具とすべくスイス製の革を使って、ヴィブラムのソールを付けてっていうね。
-- 標準化というのはそういうことなのでしょうか?
小林 すごいストーリーだと思いますよ。靴のソールを語るとき、ファッションの中でもこれほど見事なまでにエンドユーザーに浸透しているブランドは他にないじゃないですか?その存在感たるや、国産大豆みたいだよね?(笑)
-- ヴィブラムで何か思い出すことはありますか?
小林 前はラグも深いものだけだったと思いますが、浅いのも出てきて、ファッションという視点でも落とし込みをしやすくなったことがあったでしょう?ガチ山対応のプロの道具もファッション方向も両方あって、かつ要求される機能を伴いながらって、やっぱすごいよね!
小林節正(こばやし せつまさ). . . . . RESEARCH 代表
マウンテンリサーチを始めとするさまざまなリサーチ・プロジェクト(あるいは、プロジェクト型リサーチ)を展開する. . . . . RESEARCHを2006年より主宰。
フリーランス・シューデザイナーとしての活動を経て、初となる自身のアパレルブランドGENERAL RESEARCHを1994年にスタート。その後、掘り下げるテーマに応じたいくつもの名義(つまり、ブランド名)を傘下に配する「. . . . . RESEARCH」としてのプロジェクト型コレクション発表形態へ移行、現在に至る。代表的なプロジェクトは、山暮らしのMountain Research、カスタムバイクのRiding Equipment Researchなど。
Text by 北原 徹
Photo by 北原 徹