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INTERVIEW 20
AKITO NAGAO
長尾暁人
トレイルランナー

Vol.1TEAM VIBRAMの一員としての抱負と今後の展望

Apr 25, 2025
TEAM VIBRAMの一員としての抱負と今後の展望

ヴィブラムジャパンは2025年4月、トレイルランナーの長尾暁人選手とアスリート契約を結びました。ヴィブラムは世界中でさまざまなアクティビティのアスリートと契約し、そのフィードバックを製品開発に生かしていますが、ヴィブラムジャパンとしては長尾選手が初めてのアスリート契約になります。

日本人初のヴィブラムアスリートとなったことを、長尾選手自身はどう捉えているのか。そして、これからどのような活動をしていきたいと考えているのか。いまの思いと今後の展望をうかがいました。

−− ヴィブラムジャパンから契約のオファーを受けたとき、どう思いましたか? 率直な気持ちを聞かせてください。

長尾暁人さん(以下「長尾」と略す) 最初に連絡をいただいたときは、驚きのほうが大きかったです。「え? 自分に?」というのが正直な気持ちでした。というのも、私のような市民ランナー、それも特別派手な成績があるわけでもなく、ずっと地道に続けてきたようなタイプに声がかかるなんて思ってもいなかったので。しかも、アパレルやシューズブランドではなく、ソールメーカーであるヴィブラムからというのも意外に思いました。

でも、驚いた反面、「これは面白いぞ」と思ったのも事実です。私自身、新しいことや、他の人があまりやっていないことに挑戦するのが好きな性格。最初は戸惑いつつも、「いっしょに何か面白いことができそうだな」とワクワクした気持ちが湧いてきました。

子どもの頃から30年以上、「走る」という行為と向き合ってきて、楽しいことも苦しいこともたくさん経験してきました。その先でこういうご縁が生まれるというのは、自分にとってすごく意味のあることだと感じましたね。自分の走りが、少しでも誰かの刺激になったり、新しい価値につながったりするなら、よろこんでやってみたいと思いました。

−− ヴィブラムというブランドに対して、どのようなイメージを持っていましたか?

長尾 もちろん名前は知っていましたし、「グリップ力が強い」とか「登山靴やトレイルランニングシューズに使われている」といった印象はありました。とはいえ、それが自分のなかで明確にブランドとして意識されていたわけではなかったです。

ただ、いま振り返ってみると、以前から自分の履いていたシューズにヴィブラムソールが使われていたことが多くて。意識的というよりも、無意識のうちに選んでいたんだと思います。自分の感覚として「信頼できる」「走りやすい」と思っていたシューズの多くに、ヴィブラムが関わっていたということに、あらためて気づかされました。

私は「道具にはこだわるけれど、それが自分になじんでいるかどうか」が大事だと思っていて。そういう意味で、ヴィブラムのソールというのは知らず知らずのうちに自分の足になじんでいたんだなと感じます。

−− ヴィブラムとの最初の出会いをおぼえていますか?

長尾 はっきりとおぼえています。最初の出会いは、ルナサンダルです。名著『BORN TO RUN』を読んで「走るってこういうことなのか」と衝撃を受け、すぐにルナサンダルを購入し、夏場の練習で使っていました。当時の私はまだトレイルランとは無縁で、ロードを走っていましたが、裸足感覚で走ることでフォームを見直せたり、着地の意識を変えたりするきっかけにもなりました。

−− トレイルランニングにおいて、シューズ選びで重視しているポイントは?

長尾 ひと言で言うと、「トラブルが起きないこと」。これに尽きますね。とくに私のようにロングやウルトラのレースを主戦場とするランナーにとって、シューズとの相性はレースの成否を左右する生命線といっても過言ではありません。

100マイルのような長丁場のレースでは、シューズに違和感や不快感があると、たとえそれがほんの小さなものでも、致命的になりかねない。レース序盤で足にトラブルが出てしまったら、残り100キロ以上、ずっとそれと付き合っていくことになりますから。だから、アッパーのつくりやフィッティング、ソールのグリップ、クッション性など、すべての要素が高いレベルで調和していることが大切です。

−− これまで履いてきたヴィブラム採用のシューズでとくに印象に残っているのは?

長尾 たくさんありますが、ホカの「スピードゴート」は思い入れの強い一足です。このシューズにはこれまで何度も助けられました。アウトソールに搭載されているヴィブラム「メガグリップ」は、下りのテクニカルなセクションで威力を発揮します。ぬかるんでいたり、濡れた岩の上を走ったりするときでも、このソールのデザインとコンパウンドのおかげでしっかりとグリップしてくれる安心感があります。しかも、グリップが効きすぎて動きが止まるということもなく、あくまで自然に足が求めるとおりに動ける感覚。ストレスがないんです。

ロングレースでは、ストレスがないことがとても重要。疲れてくると集中力も落ちますから、そんなときに足元を気にせず走れるというのは大きなアドバンテージになります。

−− 現在とくに気に入っているシューズは?

長尾 トポ アスレティックの「ウルトラベンチャー 4」です。ドロップが5ミリと低めで、自然な着地がしやすい点が気に入っています。いわゆる“ナチュラル系”のシューズに分類されると思いますが、そのなかでも自分の脚力をきちんと活かせると感じられるモデルです。2024年の信越五岳の100マイルでは、このシューズの1つ前のモデル「ウルトラベンチャー3」で走って優勝できましたし、その結果こそがこのシューズのパフォーマンスの高さを示す何よりの証明だと思っています。

このシューズのアウトソールには、ヴィブラム 「XS TREK EVO」が採用されています。ヴィブラム「メガグリップ」とはコンパウンドが異なり、ロード区間が長い場合や走りやすいサーフェスの比率が高い場合は、こちらのほうが好相性だと思います。

−− 続いて、今後のレース計画についてお聞かせください。

長尾 ヴィブラムは、世界各地で開催されるトレイルランニングのシリーズ戦「UTMBワールドシリーズ」のオフィシャルサプライヤーを務め、グローバルとして公式ソール・テクノロジー・サプライヤー契約を結んでいます。私自身、ヴィブラムアスリートのひとりとして、同シリーズのレースに積極的に参戦していきたいと考えています。

直近では、5月にオーストラリアのブルーマウンテンズ国立公園で開催される「Ultra-Trail Australia by UTMB」の100マイル、そして6月に日本初のUTMBワールドシリーズとして石川県加賀市で開催される「Kaga Spa Trail Endurance 100 by UTMB」50キロに参戦予定です。

−− ゆくゆくは「UTMBワールドシリーズ」の最終戦としてフランス・シャモニーで開催される「UTMB Mont-Blanc」への挑戦も考えていますか?

長尾 もちろんです。「UTMB Mont-Blanc」は、すべてのトレイルランナーにとって夢の舞台。私は2022年、その100マイルの部に出場し、完走はできたものの、自分としては不甲斐ない結果で終わりました。同レースへの再挑戦は、自分にとって今後の大きな目標のひとつ。次は万全の状態で臨み、納得のいく走りをしたいです。

−− 今後、ヴィブラムアスリートとしてどんな活動をしていきたいですか?

長尾 自分自身のレース活動はもちろんですが、同時に、「市民ランナーとしてのリアルな声」を発信していきたい。私はプロアスリートではなくて、いわゆる市民ランナーですが、だからこそ伝えられることもあると思うんです。

自分のような市民ランナーがヴィブラムと関わることで、「ああ、こういう道もあるんだ」と思ってもらえるきっかけになれば、これほどうれしいことはありません。派手な戦績がなくても、コツコツ続けてきた人間にもチャンスがあるんだということを世の中に伝えたい。そして、「トレイルランニングって、こんなに面白い」「こういうシューズがあれば、もっと山が近くなる」といった感覚を、一般の人に届ける役目を果たしたい。

ヴィブラムという確かな技術を持ったブランドが、そういう“リアル”を応援してくれているというのは心強いですし、他のヴィブラムアスリートたちとも連携しながら、もっと山の魅力を広げていけたらと思っています。

−− これからヴィブラムとどんな関係を築いていきたいですか?

長尾 現場で走っているからこそわかるリアルなフィードバックを、シューズやソールの開発に活かしてもらえたらうれしいです。道具を通して、もっと多くの人が安全に、楽しく、トレイルを走れるようになれば、それはとても素晴らしいことだと思います。

また、将来的には、グローバルのヴィブラムアスリートたちとともに世界の舞台で戦えたら最高ですね。単なる個人競技としてだけではなく、チームヴィブラムの一員として、みんなで前に進んでいきたいです。

−− 最後に、これからトレイルランニングを始めたい人や、海外レースに憧れている人に向けて、メッセージをお願いします。

長尾 何事も、最初の一歩を踏み出すのは勇気がいりますよね。でも、山に一度でも入ってみると、「こんな世界があるんだ」と感じられるはず。私も最初はひとりの市民ランナーとして、仕事の合間に山を走り始めただけでした。でも、それが縁あってヴィブラムアスリートになり、チームヴィブラムの一員として「UTMBワールドシリーズ」のような世界的なレースに参加できるまでになりました。

大切なのは、「速く走ること」よりも「楽しむこと」。自分にあったギアを選べば、山はどんどん身近になります。そういう意味でも、シューズのソールはとても大事。最初の一歩をしっかり支えてくれる存在ですから。迷っている人は、まずは近くの低山でもいいので、気軽に出かけてみてほしいです。そこから世界が広がっていくと思います。
長尾暁人トレイルランナー

1988年栃木県生まれ。神奈川県秦野市在住。学生時代は陸上部に所属し、短距離競技に取り組む。大学卒業後は市民ランナーとして活動を続けるなかで、脚の故障のリハビリのため山を走ったことを機にトレイルランニングに傾倒。2023年のMt.FUJI 100 14位、同年の富士登山競争21位、2024年の信越五岳トレイルランニングレース100マイル優勝など、数々のレースで実績を残す。

Text by 榎本一生
Photo by Kuu kikuchi