VIEW
INTERVIEW 16
NAOKI ISHIKAWA
石川直樹
写真家

Vol.2数々の挑戦の足取りを支えるヴィブラム

Oct 8, 2024
数々の挑戦の足取りを支えるヴィブラム

現在、8000メートル峰14座登頂の完遂を目前に控える石川直樹さん。ヒマラヤ登山の相棒にヴィブラムを選ぶ理由とは?

最高峰のエベレストをはじめ世界中の山々や辺境の地を旅し、そこで撮影した作品を発表しつづけている写真家の石川直樹さん。ところで、地球上には標高8000メートル以上の山が14座存在し、そのすべてがヒマラヤ山脈に位置しています。14座すべてに登頂した登山家は敬意を込めて「14サミッター」と称されますが、世界でも40数名、日本にはたった1名しかいません。石川さんはこれまで13座の登頂に成功し、14サミッターに王手をかけています。後編では、そんな石川さんにヒマラヤ登山での体験やヴィブラムを選ぶ理由について語っていただきました。(取材日:2024年6月)

−− 2011年に2度目のエベレスト登頂を果たして以来、毎年のようにヒマラヤを訪れていますね。

石川 ヒマラヤ登山の面白さを再認識して、12年にはマナスル、13年にはローツェ、14年にはマカルーに登頂しました。遠征では約2カ月ほどで、標高5000メートル以上の高所で過ごす日々も多くなります。その間は食生活や呼吸法も普段の生活とはちょっと変わってきます。一言でいえば「生きる」ことに対して意識的になる。そんな日々が続くと、自分の身体にこびりついていた澱のようなものが消えて、リセットされるような感覚になるんです。そんな感覚が好きなのも、ヒマラヤに通う理由かもしれません。

−− いつごろから14座制覇を意識したのですか?

石川 決して簡単なことではないし、志半ばで遭難して命を落とす登山家も多いので、当時は14座すべてに登ろうとは考えていませんでした。毎年のようにヒマラヤを訪れているうちに信頼できるシェルパの友だちが増え、彼らから「あの山に登ろう」「この山に登ろう」と声をかけてもらうようになったんです。自分でもヒマラヤ登山が楽しくて彼らと一緒に登っているうちに13座に登頂していたという感じです。

−− コロナ禍によるブランクを経て、22年には7位のダウラギリ(8167メートル)、3位のカンチェンジュンガ(8586メートル)、2位のK2(8611メートル)、そして23年には10位のアンナプルナ(8091メートル)、9位のナンガ・パルパット(8126メートル)、11位のガッシャープルム1峰(8068メートル)、6位のチョ・オユー(8201メートル)と、たった2年で驚異的なペースでヒマラヤの8000メートル峰に登頂しましたね。

Photo by:Naoki ISHIKAWA

石川 やはりコロナ禍で海外に行けない時期が長かったので……。ぼくの場合、体が高所に順応しているうちに立て続けに登ったほうが、期間を空けて一から順応し直して登るより楽なんです。ぼくの場合、というかみんなそうなんじゃないかな。だから、一年に何座登頂したからすごい、という感覚はまったくないですね。

−− これまで登頂した13座で特に印象深い山は?

石川 いずれもその山ならではの特徴や魅力があって、それぞれに思い出があるので選ぶのは難しいです。K2は雪崩に巻き込まれたりして2度失敗したし、チョ・オユーは比較的登りやすい山だといわれているけれど、ホワイトアウトになって何時間も頂上付近を彷徨ったし、振り返るとすべての山に特別な思い出があります。

−− 14座目となるシシャパンマについてはいかがですか?

石川 標高は8027メートルで14座中もっとも低いのですが、決して簡単な山ではありません。中央峰と主峰という2つのピークがあり、真の頂上である主峰に登ろうとすると、最後のトラバースがすごく大変で。何年も前は、みんな中央峰に登って登頂とみなしてきた時代があったのですが、やっぱり本当の頂上に立たないと気持ち悪いというか。

2023年に挑戦したときは、頂上まであと一歩のところで雪崩に遭遇して撤退しました。この春にも登るつもりだったのですが、中国政府からチベットへの入境許可がおりず、ネパールに1カ月間足止めされて、そのまま帰国しました。この9月から10月にかけて再チャレンジする予定です。今回こそは登頂できたらなあ、と。

Photo by:Naoki ISHIKAWA

−− これまで雪崩やホワイトアウトなど幾多の難局に直面してきたわけですが、共に乗り越えてきたシェルパやスタッフについてお聞かせください。

石川 ぼくは日本で知り合いはたくさんいますが、本当に友だちだ、といえる人は決して多くありません。でも、シェルパには友だちといえる人が何人もいます。やはり弱い部分もさらけ出しながら1、2カ月間行動を共にすると、奥底で通じ合えるような感覚が芽生えるんですよ。人間はピンチなときに本性が出ますが、それでもなお人のことを気遣えるシェルパの友人たちは本当に信頼できますね。

Photo by:Naoki ISHIKAWA

−− 道具やギアについても信頼感ですよね。

石川 道具選びはとても重要で、生死に関わることなので機能性がまず第一です。もちろん自分好みの色やデザインであることも大切ですが、「形態は機能に従う」じゃないけれど、機能性をとことん追求していくと、どんなものでも美しくなる。だから、機能性を最重視しています。

−− ヴィブラムを30年使いつづけているのも、信頼しているからですね?

石川 そうですね。アウトソールがヴィブラムというだけでまあ大丈夫だろう、みたいな感じで、例のイエローのマークは僕にとって安心の証しです。実際、これまで登頂した8000メートル峰13座はすべてヴィブラムが付いた靴で登ってきました。後半の山はすべてスカルパの靴で登頂しましたね。

−− 何かヴィブラムの性能を実感したエピソードはありますか?

石川 たとえばK2ではバルトロという氷河を1週間以上歩きつづけなければならないのですが、尖った岩から氷河の氷にいたるまでとにかく足元の状態が極めて多様で、悪いんですよね。そのときのトレッキングシューズもヴィブラムが付いていたのですが、グリップ感といい、ソール自体の硬さといい、信頼感がありました。ソールが柔らかすぎると、ケガをしたりする危険性も高いので。

−− 先ほどエベレストの話で、5300メートルのベースキャンプから先は氷河のためヴィブラムのアウトソールにアイゼンを装着して登るとのことでしたね。

石川 標高5000メートル以上では氷河になるのでアイゼンを装着します。ヴィブラムのアウトソールは頑丈なので、もちろんソールがはがれたり、破損したりすることはないです。アイゼンは、コバといってソールのつま先やかかと部分にある溝に引っかけて装着するのですが、コバが破損でもしてアイゼンが外れたら滑落してしまいますから、強度の高いソールを選ぶことは命を守ることでもあるのです。

−− 目下のテーマであるシシャパンマ登頂もヴィブラムの靴で?

石川 もちろんです。8000メートル峰に挑戦するうえで、アウトソールはヴィブラム以外の選択肢はありません。

−− ところで、ヴィブラムはイタリア発祥のブランドですが、イタリアの山に登ったことはありますか?

石川 イタリア北部のオロビエアルプスの山々にはいくつも登りました。イタリアの山は日暮れから夜明け前はどこにでもテントが張れるんです。日本では夏だとテント場が決められていますが、そもそもテントは命を守るエマージェンシー・ギアという側面もあるわけだし、イタリアは登山者を大人扱いしている印象を受けました。

オロビエアルプスは標高2000〜3000メートルの山々が連なっていて景色が美しく、山小屋のネットワークも発達しているし、地元の山岳会がしっかり機能しています。イタリアならではの成熟した山岳文化を感じました。

−− やはりイタリアにはヴィブラムのようなブランドを育む山岳文化が根付いているんですね。

Photo by:Naoki ISHIKAWA

石川 イタリアといえば、この8月にはシチリア島のエトナ火山に登って撮影する予定です。もちろん、そのときにもヴィブラムのトレッキングシューズを履きます。

−− シンシャパンマ挑戦と並行して他のプロジェクトも動いているわけですね。8000メートル峰14座完登後の計画はありますか?

石川 二年後くらいに美術館で大規模な個展が予定されていて、それに向けて写真を撮り進めています。知床半島や能登半島など日本の半島を巡って、海から見た日本を見つめなおしたり

−− 目下の目標であるこの秋のシシャパンマ登頂を心からお祈りしていますが、2年後の写真展も楽しみにしています。本日はありがとうございました。

8000メートル峰14座完登という偉業を目前に控え、そしてその先の新たなる挑戦に向けて、石川直樹さんの歩みは続く。その足取りを支えるのは、常にヴィブラムのソールなのだ。そして、その靴底が刻む足跡は、これからも私たちに新たな世界を見せてくれることだろう。
石川直樹写真家

1977年東京都生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年『CORONA』(青土社)により土門拳賞。2020年『EVEREST』(CCCメディアハウス)、『まれびと』(小学館)により日本写真協会賞作家賞。2023年 東川賞特別作家賞。2024年紺綬褒章を受賞した。著書に、開高健ノンフィクション賞を受賞した『最後の冒険家』(集英社)、『地上に星座をつくる』(新潮社)ほか多数。

Text by 山口幸一
Photo by 前田一樹*インタビューカット撮影