VIEW
INTERVIEW 08
AKIYO NOGUCHI
野口啓代
プロフリークライマー

Vol.2シューズは一番大切な道具

May 26, 2023
シューズは一番大切な道具

スポーツクライミングにとって、 シューズの果たす役割は一番大切な道具。 アッパー、そしてヴィブラムのソールの感触を伺いました。

スポーツクライマーにとって、競技に重要なギアは「チョーク」と「シューズ」しかありません。その中でもシューズの役割は重要です。大会ではどんな課題が出てくるのか分からないので、結果的にほとんどの選手が同じオールラウンド対応のシューズを履くという現状を伺いました。

−− 前編ではスポーツクライミングの魅力と見どころを伺いました。ここからが本番で、スポーツクライミングにとってのシューズとソールについて伺いたいと思います。まずは単刀直入に、スポーツクライミングにとって、シューズ、そしてソールはどのような重要な位置付けになりますか?

野口啓代さん(以下「野口」と略) スポーツクライミングの選手にとって、誰もがそう思っていると思うのですが、シューズは一番大切な道具だと思います。基本的にクライミングをする上でギアの性能で自分のパフォーマンスが変わるものはシューズとチョークしかありません。

−− チョークとはあの粉ですか?

野口 手につける炭酸マグネシウムの粉のことです。とシューズだけが選べるものです。もちろん、ハーネスとかロープ、ウエアも自分で選ぶことはできますが、それで登るときのパフォーマンスに影響はほとんどないと思います。ですから、シューズとチョークはとても重要です。

−− チョークはそれぞれの選手が配合を変えることができるのですね?

野口 オリジナルのものを使う選手もいますし、いくつかのチョークを自分でブレンドして使う選手もいます。ですが、チョークの種類もすごくたくさんあるので、本当に自分に合うものを選ぶのは大事ですね。最近では大会によく出てくるホールド(人工の壁を登るときの手がかり、足がかりになる突起物のこと)と相性の良いチョークを配合したものがあるので、トップ選手はみんな同じチョークを使うことになりますね。

−− 結果的に同じものを使うことになるわけですね。

野口 そうですね。シューズのほうが足型であったり、レディースかメンズかもありますし、選べるのですが、トップの選手はシューズも同じになりますね。それは最近の課題のトレンドに合うシューズを選んでいくと行き着く先は同じになってしまいますね。

−− 課題にもトレンドがあるのですね。

野口 シューズでもつま先がすごく重要なシューズとベタッと面で踏めるようなシューズと踵の部分、ヒールをすごく重視しているか、つま先の甲の部分が使えるか、といった差はあります。ただ、トップ選手のほとんどが同じシューズを履いていると思います。

−− それは驚きです。

野口 少し前だったら、シューズの性能が高くなかったので、自分でカスタマイズしてシューズ改造する人もいたのですが、シューズの性能が高くなり、今ではほとんどの選手がオリジナルのシューズのまま使っていますね。

−− 選手たちもそれぞれが使いやすさも違い、シューズを選んだり、自分用に手を加えるものだと勝手に想像していました。

野口 私もよく、オリジナルモデルなのですか?とかプロ用なのですか?と聞かれますが、私はクライミングを始めたときからシューズを改造したことはありません。シューズメーカーのオリジナルのものを使っていますね。

シューズを手に持ちながら、丁寧に解説していただいた。

−− それもまたびっくりです。メーカーと一緒にシューズ開発をすることはあるのですか?

野口 開発している選手もいますが、私の履いている「LA SPORTIVA(以下「スポルティバ」)」はとにかく完成度が高い。逆に改造しないほうが良いですね。ゴムがすり減ってしまい、リソールに出したり、色々カスタマイズしようかな、と思った時期もありましたが、結局オリジナルのほうが良かったですね。手を加えない製品のほうが良かったので、そのまま履いています。

−− 初めてクライミングシューズを履いたときの印象について伺えますか?

野口 初めてのクライミングシューズは現在とは違うブランドでした。小学校5年生でクライミングを始めたのですが、その当時、自分に合うサイズのシューズはほとんどありません。今は小学校1年、2年からクライミングを始める時代なので、キッズ用のシューズも出ていて、私が履いているシューズの小さいものがあります。ですが、当時は選択肢がなくて、2つか3つですかね、その中でサイズの合う足形の合う痛くないシューズを選んだのを覚えています。

−− 大変ですよね、世間より早く始めるということは。

野口 本当に子どもでクライミングを始める人は少なかったので、シューズの需要もなかったのだと思います。

−− 初めて履いたときから現在までに、クライミングシューズもいろいろに進化もあり、種類も増えてきたと思いますが、アウトソールの粘りや硬度などの違いを意識したことはありますか?

野口 最初は「FIVE TENアナサジベルクロ」から始めて、その後「マッドロック」のシューズを履いていて、18歳のとき初めて履いた「スポルティバ」は、今はない「バラクーダ」でした。最初に履いたときはソールもそうですし、シューズの性能の高さにびっくりしましたね。他社に比べて、足型が素晴らしいと言われていました。履いた瞬間に全く脱げもしないし、ずれないし、他のシューズが履けないな、と思いました。

−− そこまでフィット感が良いと普段履きの靴にも影響しそうですね。

野口 そこは全然別ですね。クライミングシューズはどうしてもちょっと小さいサイズを履くので、普段はきつい靴は履きたくないと思っています(笑)。緩めで履いてしまいますね。1日6時間とか8時間とかクライミングシューズを履いていると足が疲れたり、タコができたりするので、きつい靴は履きたくないです(笑)。

撮影やイベント時によく履いているTHE NORTH FACEのシューズに比べても大きさの違いは一目瞭然。

−− シューズを出していただいたときから思ったのですが、本当に小さいですよね。

野口 普段の靴より、かなり小さいですね。普段の靴が伸ばして履くのに対して、クライミングシューズは足の親指を握っている状態で履いています。ただ、今は小さいものにいかに乗れるか、という課題のスタイルよりも、大きなホールドの上を、それこそ走ってクリアすることも多くなりました。そのため、先端部分だけではなく、踵側も使うこともあり、ソール全体を使うことが多くなっています。つま先も踵側も全部使える万能なオールラウンダーなシューズであり、私はこの靴一足でボルダーもリードも登っています。

−− スポルティバのシューズを履いていらっしゃいますが、何種類かのアウトソールを使い分けていると思います。そのゴムの役割は考えていらっしゃいますか?

野口 シューズ自体が良いものを履いています。私は貼り替えたりもしないので、そのシューズについているソールのゴムで履いていますね。今までスポルティバのシューズでそこにヴィブラムのソールは当たり前についています。そのソールで足が滑るな、とか乗れないな、ということを感じたことはないですね。だから、今までソールを変えようとか、違うシューズやソールを試そうとか、考えたことはありません。つまり、ソールを単独で意識する必要がないくらいヴィブラムのソールの性能は間違いないものだと思いますし、それに頼っているということだと思います。
野口啓代(のぐち あきよ)プロフリークライマー

小学5年生の時に家族旅行先のグアムでフリークライミングに出会う。クライミングを初めてわずか1年で全日本ユースを制覇、その後数々の国内外の大会で輝かしい成績を残し、2008年には日本人としてボルダー ワールドカップで初優勝、翌2009年には年間総合優勝、その快挙を2010年、2014年、2015年と4度獲得し、ワールドカップ優勝も通算21勝を数える。 2018年にはコンバインドジャパンカップ、アジア競技大会で金メダル。2019年世界選手権で2位。自身の集大成、そして競技人生の最後の舞台となった東京2020大会では銅メダルを獲得。
2022年5月、自身の活動基盤となるAkiyo's Companyを設立。
今後は自身の経験をもとにクライミングの普及に尽力し、また「Mind Control」(8c+)、「The Mandara」(V12)を凌駕するような外岩の活動も積極的に行う。

Text by 北原 徹
Photo by 北原 徹