知れば知るほどハマり込んでしまうヴィブラムのソール。ハマり込まないためにはグリップ力のあるソールを装着しないと……、というのは冗談だけれど、奥の深いヴィブラムのソールをもっと知りたくなり、実際にショールームを訪問、話を伺ってきた。そんな体験を元に徒然なる一筆を申し上げてみた。
カラルマートの初期タイプのレプリカが飾られていた。
カラルマートの初期タイプのレプリカが飾られていた。
子どものときから漫画が好きで、いろんな漫画を読み漁っていた。野球漫画が特に好きだった記憶はあるがファンタジーもよく読んだ。そして、『サーキットの狼』あたりから始まるカーレースものも大好きなジャンルだった。『赤いペガサス』というF1のストーリーには不思議な影響を受けたと思っている。中でもレースという戦いにおいてタイヤ選びがとても重要だということを子どもながらに知るのであった。
そもそも、なぜ、スリックタイヤ(表面がツルツル)で高速が走れるのか、いまだに疑問ではあるが、雨の日用のレインタイヤ(溝がきちんとある)の存在は非常に興味深く読んでいた記憶がある。水捌けのために溝があるというわけだが、ツルツルのほうが水は捌けるのでは? という謎は、理屈はわかってはいるがやはり謎なのである。ものすごく大雑把にいえば、溝は水の通り道になり、平らなスリックタイヤは水の通り道がないので、雨の日には滑ってしまうのだ。晴れた日にはツルツルの接地面がグリップとなって、高速につながるというわけだ。よくはわかってないけれど、そのとき気温などによってグリップ性能を最大限に発揮させるのがゴムの配合、つまりコンパウンドだということを知ったのだった。
大人になって『capeta』という漫画のファンになった。そこで得た知識は、テスト走行のときレインタイヤで走行して、溝を少し磨耗させておくと重量の軽減につながって、本戦で早くなるということ。日常生活でまったく役に立たない豆知識なのだが……。
さて、なぜタイヤの話を書いているかというと、タイヤのことになると「コンパウンド」という言葉が欠かせないからだ。小学校時代にも自転車でレースごっこをするとき、「今日はコンパウンド硬めが良さそうだ」などと友だちと話すおマセなガキだった。コンパウンドの意味を知りもしなければ、タイヤを交換できるわけでもないのに、まるで12気筒エンジンを搭載したF1マシンを駆るが如く口にしたものだ(笑)。
というわけで、今回はヴィブラムのお話としてコンパウンドに注目。
ヴィブラムといえば、誰もが「タンク」「コンバットソール」などとも称される登山靴ソールの元祖(実際に元祖!)クロスが配置された「カラルマート」をイメージするかもしれない。筆者もそのひとりだったのだけれど、その伝統を守るだけではなくアグレッシブに進化させながらも、さらには毎年のアップデートも欠かさない、そんな伝統と進化を両立させるブランドだということを改めて知った。
ヴィブラムといえば、誰もが「タンク」「コンバットソール」などとも称される登山靴ソールの元祖(実際に元祖!)クロスが配置された「カラルマート」をイメージするかもしれない。筆者もそのひとりだったのだけれど、その伝統を守るだけではなくアグレッシブに進化させながらも、さらには毎年のアップデートも欠かさない、そんな伝統と進化を両立させるブランドだということを改めて知った。
ショールームに飾られたソール、ソール、ソール! カラフルなのも感動的!
ショールームに飾られたソール、ソール、ソール! カラフルなのも感動的!
進化するソールブランド。ヴィブラムは毎シーズン150パターンものソールの新作を発表する。つまり驚くべきことに年間300パターンの新作が世の中に発表されるということなる。さらにいえば、年間4000万足のシューズの底を下支えしている。たかがソール、されどソール……。いや靴底にその情熱を注ぎ込み続ける、世にも稀なソールブランド、それが「ヴィブラム」なのだ。
300パターンの違いとは何か?
環境ごとに求められる必要不可欠なソールの質、それはコンパウンドとデザインの組み合わせの違いということだ。
環境ごとに求められる必要不可欠なソールの質、それはコンパウンドとデザインの組み合わせの違いということだ。
もう少し、細かくいうとソールの特徴をゴムとそれ以外の樹脂や添加物の配合を、それぞれの用途によって変えていく。硬さや柔軟性、使う場所によってはある程度の粘度が必要であったりと一般的にもさまざまな要素がソールには要求される。それはさながらレーシングタイヤとも共通する部分であろう。そしてこうした最適な硬度と耐摩耗性を両立することは技術的に難しいはずである。ヴィブラムの開発力としてはグリップ力もあり耐摩耗に優れたものを進化させ、市場に送り込んでいる。
デザインとはラグ(靴底の突起)の構成ということで、つま先と踵には接地面を噛む力とブレーキ性能を授けたい。親指の根元のあたりは安定性とグリップ、さらには泥はけや水はけの用途もなければならない。
例えば、登山用の靴と一括りにしてしまうが、季節はもちろん、標高や天候によっても選ぶべきソールは違ってくるのだ。雪山では雪で滑らない力が必要だし、雨の岩場では濡れた岩でも滑らない性能が必要になる。過酷な状況を常に足元から守ってくれる、それがヴィブラムということだ。
ヴィブラムによるソールのデザインにはまさに「機能美」という言葉が似合う。
同時にそれは命を預かるのがこのコンパウンドとデザインなのだ。
そこには隠された悲劇があった。
同時にそれは命を預かるのがこのコンパウンドとデザインなのだ。
そこには隠された悲劇があった。
1935年、スイスのヴァル・ブレガリアにある標高3,305メートルの山であるプンタ・ラシカへの遠征で突然の天候の変化により、ヴィターレ・ブラマーニ(Vitale Bramani)は6人の仲間を失う。悲劇は、絶え間なく変化する気象条件に対応する適切な靴の性能不足にあったのだ。2度とこの悲劇をつくらないようにと、創業者である、ヴィターレはゴム製のソールを開発したのだった。ちなみに「Vibram」のブランド名は創業者の名まえの「vi」と「bram」をくっつけたものだ。
カラルマートが開発される前の靴底を再現したもの。
カラルマートが開発される前の靴底を再現したもの。
話を最初のタイヤ話に強引にもっていくけれど、ヴィブラムがゴムに関してアドバイスを求めたのはタイヤメーカーとしても有名な「ピレリ」だった(ちなみにソールの成形は、ゴムを金型に入れて加熱することから「焼く」という)。
ソールなのにブランドとして確立しているところもヴィブラムの特筆すべき点であろう。その伝説は、K2(カラコルム山脈)登山遠征において、1954年7月31日イタリア登山隊が初登頂したことに始まったのだ。この偉業は、シューズそのものの歴史に革命を起こしたといっても過言ではないだろう。つまり、革でできたソール+鉄のラグから、ラバーソールに変わったことで、靴のアッパーの設計にも影響を与えたといわれるのだ。ソールがシューズをつくるというくらいにヴィブラムは靴づくりに欠かせない存在になった。
現代においてヴィブラムは常に進化していることがわかる。先ほど濡れた岩場、雪山によってその機能は違ってくると書いたが、それこそがコンパウンドとデザインによって生み出されるパフォーマンスなのだ。
岩場のクライミング用では、岩をしっかりと足が摑むために柔軟なコンパウンドは手で触ると粘り気さえ感じるソールに仕上げている。XS GRIP 2、XS EDGEがそれだ。
岩場のクライミング用では、岩をしっかりと足が摑むために柔軟なコンパウンドは手で触ると粘り気さえ感じるソールに仕上げている。XS GRIP 2、XS EDGEがそれだ。
MEGAGRIPを装着した靴を履いて、濡れた石の上でも滑らない体験したが、45度の角度の岩の上に水を流しても、びっくりするほど静止できる。
濡れた岩の上でもハイレベルなグリップ力を発揮する「MEGAGRIP」を採用したアウトソール
濡れた岩の上でもハイレベルなグリップ力を発揮する「MEGAGRIP」を採用したアウトソール
濡れた氷上でもグリップするARCTIC GRIP下の写真のモデルではヴィブラムの象徴のひとつ十字のラグに特殊な素材を混ぜることと指先にも十字を入れることで最大のグリップを実現させた。このARCTIC GRIPはこのモデル以外のデザインも用意されている。
濡れた氷の上でのパフォーマンスに特化した「ARCTIC GRIP」。青い素材が入ったラグが氷上でのグリップを高める。
濡れた氷の上でのパフォーマンスに特化した「ARCTIC GRIP」。青い素材が入ったラグが氷上でのグリップを高める。
もちろん、普段の我々の足元のことも考えているのが、ヴィブラムである。歩く路面を捉え、しっかりと踏み締めるグリップと足の力を地面に伝えるトラクションの力はもちろんだけれど、歩きやすさ、履き心地といった人それぞれの活動エリアによる違いによって考えられているのがコンパウンドとデザインなのだ。そこにたどり着くのには数々のテストが繰り返される。
研究室での化学的かつ科学的であり、さらにはデザインに対するテスト、実際に履いてみて、履き潰すが如く、過酷な状況も含め、着用テストを行う。さらには実際の使用現場におけるテストを繰り返す。
命を預かるものの宿命ともいえる数々のテストから生み出されたものは、我々に安心と安全を届けてくれているのだ。
命を預かるものの宿命ともいえる数々のテストから生み出されたものは、我々に安心と安全を届けてくれているのだ。
北原 徹
フォトグラファー/「PLEASE」「This」編集長
フォトグラファー、編集者、文筆家 マガジンハウスで「anan」の編集や「POPEYE」の副編集長などを経験後、独立。2016年にファッション誌「PLEASE」を立ち上げ、国内外のハイブランドを撮影、編集し話題に。2022年には丁寧な暮らしのための雑誌「This」を創刊。2022年7月の「渋谷パルコ」のシーズンビジュアル「2022 A/W NEW LOOK」ではモデルにモトーラ世理奈さんを起用し、総合ディレクション、アートディレクション、写真、スタイリングとして制作。カタログをはじめビジュアル製作も多数。インスタグラム(@torukitahara)