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トレイルを攻めるための頼もしい相棒

ムロフィス シニアマネージャー
嶋田哲也
COLUMNOct 10, 2024
トレイルを攻めるための頼もしい相棒
そういえばそうだ。アウトソールの素材を意識するようになったのはいつからだったろう。ふとそんなことを思いつつ、眠気があるなか薄れた記憶を辿りながら、雨で濡れたスリッピーなサーフェスのトレイルを下っている。今は信越五岳トレイルランニングレース2024(以下:信越)の100マイルに挑戦中なのだが、自身として信越では2度目の100マイル完走に向けて前に進んでいるところだ。不安定な足元に気を付けつつ、とにかく今は少しでも早く次のエイドに到着したい一心で走っている。ちなみに初めて購入したトレイルランニングシューズは、ザ・ノース・フェイスのエンデュランスTRだったことは今でもはっきりと覚えている。アウトソールには数あるヴィブラムの中でも「メガグリップ」が搭載されていて、「メガグリップ」との出会いもこれが初めてだった。手に入れて早速トレイルに出かけ、普段の生活では味わうことのない独特なグリップ力が衝撃的だった。なお、今回の足元の相棒は同じ「メガグリップ」を搭載したノーマルのトーミル 2.0だ。
ちなみに100マイルレースに対して、自分のレース運びは特に事前にプランを決めることはない。関門も何時までに通過とか意識せず、完走という称号を得るため鋼の精神というかどんなに辛くても心が折れないモチベーションというものを常に意識している。もちろんレースなので完走のために時間を全く気にしないということは嘘になるが、レース中は今置かれている状況や身体に起きている変化を楽しみ、とにかく前へ前へと足を進めるだけだ。ただし、特に100マイルでは眠気と戦う時間帯が確実にあるため、ペースがガタ落ちするのは間違いなく、100マイル挑戦者は皆そうだと思うのだが、なるべく立ち止まらず寝ながらでも進めるところは一歩でも進む努力をするなどは意識している。だがしかしあれだ、大体そういう時はフラフラで全く進まないが。。。でもやはり、己の限界を超えてしまったら、眠気の誘惑に負けてもちろん寝るのだけれども。
18:30いよいよ始まる信越100マイル。スタートゲートがあるレストランハイジ前に集まった人々の歓声は凄く、打ち上げられた大きな花火とともにいざスタート。初めて信越100マイルを走ったのは2022年。その時も9月中旬だった。しかし、異常なまでに暑かったことを記憶している。当日もそんな2022年同様で夜中でもまだまだ気温が高く、秋の訪れは本当に来るのだろうかと疑ってしまうような蒸し暑い夜だった。開始から2kmほどの地点では、信越名物ともいえるボランティアや関係者、応援に来た人々が集まったゾーンがあり、そこではランナーを励ます多くの歓声が響いていた。このあたりは初めて50kmを完走したトレイルランニングの大会「斑尾フォレストトレイルズ」や信越110kmなどで何度か走ったことがあるため、見覚えのあるトレイルの感触を確かめながら走っていた。緩やかな上りと下りを繰り返し、走れる林道はしっかり意識して走っていたところ特にトラブルもなくバンフエイドを過ぎ、赤池エイドへも淡々とそつなく順調に足を進め無事通過。53km地点のアパリゾートエイドでは、用意していた1個目のドロップバッグを受け取ったのだが凡ミスが発覚。カップラーメンを間違えてさらに先の黒姫エイドのドロップバッグに入れてしまっていた。しょうがないので気持ちを切り替えて、エイドの食べ物や予備で入れておいたパンなどでしっかり補給し、着替えを済ませて先に進むことに。この時点でやっと身体がスムーズに動き出した感覚。自分は長い距離の方が向いている体質だと思っていて、今回はいつも以上に身体のエンジン始動が遅めなようだ。日曜日の午後には天気が降り始める予報のため、雨でスピードが落ちてしまうことや急激に下がる気温からくる身体の不調を想像すると、少しでも時間の貯金を作るためとにかく今は前に進めるだけ進みたい。
そんな矢先に現れるのが、これまた信越名物ともいえる赤倉のチャンピオンゲレンデ。久々に見上げるそれはそそり立つ壁のような感じで、上りが幾重にも続くのだ。しかも今年はゲレンデを上りきったところにある湧水が枯れて出ていないという耳を疑いたくなる情報が入ってくる。人よりも水分の消費量が多い自分。水は多めに持っていたためこの先水切れの心配は大丈夫そうだったが、冷たく美味しい湧水のご褒美がないことは残念。そんな気持ちを察してか、ボランティアさんからの「頑張れ!!」の声援が辛い登りを後押ししてくれたのは間違いなく、着実に足を進める原動力となった。一歩一歩と地道に足を進めてなんとか登り切り、ちょっと一息ついたところで今度は長い長いゲレンデの下りを突き進む。この時点で少し右前外側の腿にダメージというか痛みが少々感じ出してきたため、あまり無理をせず下りの流れに身を任せて完走までの残り時間の貯金を意識しつつ前に進む。87km地点の池の平エイドでは名物かんずりラーメンを3杯頬張り、シャリ玉も数個平らげエネルギーチャージ。その甲斐もあり次の99km地点の黒姫エイドまでは、完走するために必要な時間の貯金をさらに少しでも増やすため、走ることをさらに意識して行動に移すことができたと思う。また途中にある信越名物のお祭り応援エイド(私設エイド)で、しそジュースを心ゆくまで味わいパワーをもらったため、黒姫エイドには自分的にある程度時間に余裕を持って辿り着くことができた。この時点で時刻は11:30くらいだったと思う。今のところまだ雨が降る心配はなさそうだったが、2個目のドロップバッグを受け取りさらに先に進むための準備に取り掛かった。新たにウエアの着替えを済ませ、確実に雨が降るのでレインウエアを少し耐水性の高いものに入れ替えることに。あとは行動食の追加。さらに、雨が降り低体温症になる可能性も考えられたため、ベースレイヤーの着替えを余分に追加し準備を備えた。そうこうしているうちに20分ほどの時間があっという間に経過。これはマズい。エイドを早く出ねば。これまで築いた時間の貯金を無駄使いしすぎたなと反省して、出発前にエイドの食べ物をサクサクと胃に流し込み、コーラも美味しく数杯いただき次のエイドを目指しスタート。さぁこれからが後半戦になるのだが、100マイルレースで気を付けなければならないのが、冷たい飲み物ばかり飲んでいると起きてしまう胃のトラブル。対策として過去に熟練の100マイル経験者から教わり、トラブル時にそれを飲むと調子が良かったコーラお湯割りを保温ボトルに入れてこの後のレース展開中は必ず持ち運ぶことにした。気温は少しずつ下がってきたもののまだまだ暑さは続いていて、すでにこの時点で100kmほど。疲労感はあるものの全く走れない状態ではないので、走ったり歩いたりを交互に繰り返す。西野発電所つり橋では渋滞に巻き込まれることもなくスムーズに足を運べることができ、その先にあるつづら折りの登り返しは気合を入れてパワーウォークで全プッシュ。エイドで減らしてしまった時間の貯金を少しでも作り出したい一心で頑張ってみたものの、思うようにスピードは上がらない。夢中で身体を動かし続けて111km地点の笹ヶ峰エイドに着く頃には雨が降り出し、残り50kmほどでいよいよこれからが本番というムードが漂い出す。
右前腿に痛みはあるけど身体は動くし食欲もあるので、笹ヶ峰エイドでは名物カレーを3杯平らげコーラを数杯のみ、麦茶と薄めたコーラをフラスコに入れ準備を整えて出発。だがエイドを出てすぐに雨脚はさらに強くなり、キャンプ場を抜ける頃には道路上がすでに川のような流れ。果たしてこのまま降り続けると一体どんな感じになるのか気掛かりだった。
乙見湖の橋に向かう短いトレイル上は先ほどの道路のような感じ。雨水の流れのせいですでに小川状態となっていた。結構な勢いで流れている。とにかく前に進むしかない。気を取り直し、乙見湖の橋を渡り階段を上がりトレイルを抜け、スピードは全然上がらないが林道をトボトボと頑張って走る。123km地点のウォーターエイド西登山道入口では水を少し補給。すでに残り50kmを切っており、もうといってもまだまだ先だが終わってしまうんだと、雨でどんよりとしてきた気持ちにカツを入れ、129km地点にある次のエイド大橋林道を目指す。だが、ここからが本当に大変だった。気が滅入りそうだったし、自身のトレイルランニング歴の中で最も印象強く、今回の信越の一番のハイライトと言える区間だった。
足元は目を疑うような状態で、粘着性のある泥化と化していた。傾斜があるトレイルは、頭上から降り注ぐ雨と下流へと流れる雨水が至るところで大量に混じり合い、ちょっとした滝のよう。そのため下地の状態がよく分からないまま、ガレた岩場をヘッドライトの灯りを頼りにひたすら突っ込んで下ってみたわけだが、初めのうちは内心経験したことのないトレイルの状況を楽しんでいた。しかし延々と続く危険でスリッピーな斜面に段々とメンタルが削られていき、これではマズいと一刻も早く大橋林道エイドに辿り着きたい思いに切り替わり、一心不乱に無我夢中で下る。西登山道入口から大橋林道までは6kmほどの短い距離だったが、悪路のため下りでもスピードが全然出ず、この区間は精神的な弱さが出たため実際の距離以上に長く感じた。また、無数にできた水たまりに足を突っ込むたびに身体が冷えてくるので、本当にこのまま無事にゴールまで辿り着けるのかという多少の不安が脳内をよぎる。だが気持ちが折れることもなく、また滑って怪我することもなく大橋林道エイドに無事到着し少し休憩。エイドでは冷えた身体に染み渡るスタッフオススメの飯綱名物のりんごジュースのお湯割りや、シャリ玉などでエネルギーチャージを済ませて出発するのだが、この時点で時刻は18時か19時過ぎ(記憶が曖昧)。となると142km地点の戸隠エイドまで時間的には少し貯金がある程度と計算。大橋林道から戸隠までのコースは実は約1ヶ月ほど前に逆まわりだったが試走したためなんとなく雰囲気は覚えていたが、雨は強くなるし足元はドロドロだしで、先を目指すも今走っている場所は木道なのかトレイルなのかもう訳が分からない状態。実際本当に試走した場所であっているのかどうか記憶を疑いたくなる光景が広がっていたが、戸隠エイドに向けて自身を鼓舞し前へ前へとプッシュ。走れる区間だったことは間違いないため、スリップを恐れず少しでもスピードを出せそうな箇所は頑張って走ることを心がけた。
やっとの思いで天命稲荷神社に辿り着き、赤い幾重にも重なる鳥居の横を抜けてさらに歩を進めること2時間ほど。常に降り続ける雨に足元の状況はどんどんと悪い方向にシフトしていっているようだ。戸隠エイドまで残り数キロの地点で時刻は21時頃。完走まであともう少し。まだ時間の貯金がある。ゴールのハイランドホール飯綱まで行ける。そんな思いを胸に泥沼状態の道を切り抜け、21時半頃に遂に戸隠エイドに到着。しかし、その時は突然にやってきた。入口に立っていたスタッフさんから「雨のためここで中断です」の案内が告げられ、その先に立って選手を迎えていた実行委員長の石川弘樹さんからは「申し訳ないがここで終了です」と。石川さんのレースを止める決断は本当に辛いものだったと思う。だが自分は全く想像していなかった結末に、頭が本当に真っ白になった。膝から崩れ落ちそうになった。身体が内側から少し冷えている感覚があったので、戸隠エイドに到着したら名物の蕎麦をたくさん食べて身体を温めて、さらにザックに忍ばせておいた長袖を一枚追加して寒さ対策を少しでもしてゴールを目指そうと。戸隠エイドまでの区間はそればかり考えていた。だがそれは不可能だった。雨による中断。自身のレース経験の中で過去一天気が悪くなった2019年のUTMFと同じ(あの時は雪の影響)だったが、142kmを27時間かけて走り抜けてきて、自然の力を改めて身に染みて感じることになるとは。
悔しさと無力感が胸に広がったが、刻一刻と変化するトレイルの上を怪我することなくここまで無事に辿り着けたのも、ヴィブラムの「メガグリップ」に対して絶対的な安心感があったからだと思う。コースを走っている最中にトレイル上で何度も見かけた足元注意の看板。そんな場所でも臆することなく、待ってましたとばかりに突っ込む勇気を与えてくれたのは間違いなく、必ず完走すると誓ったものの思うようにはいかなかった今回の信越五岳トレイルランニングレース。またいつの日か挑戦したい。もちろん足元はヴィブラムで。
嶋田哲也 ムロフィス シニアマネージャー

1982年生まれ。某アタッシュ・ドゥ・プレスにてインターンを経験後、2008年 株式会社ヨルケン入社。
PRオフィス「muroffice」にてプレスマネージャーを担当後、2024年5月より株式会社ムロフィスのシニアマネージャーに就任。
「THE NORTH FACE」「DESCENTE ALLTERRAIN」などアウトドアやスポーツ系のブランドに加えて、国内のファッション系ブランドのPRも担当している。趣味はトレイルランニング、ボルダリング、自転車。